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岡山地方裁判所 平成9年(ワ)1022号 判決 1998年5月25日

原告(反訴被告)

坂上將造

被告(反訴原告)

南田学

主文

一  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金五一四万三五七一円及びこれに対する平成七年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を払え。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金六七万八〇〇〇円及びこれに対する平成七年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告(反訴被告)及び被告(反訴原告)のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを五分し、その三を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

五  この判決は、原告(反訴被告)及び被告(反訴原告)の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成七年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告(反訴被告)の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金八四万二五〇〇円及びこれに対する平成七年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告(反訴原告)の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 交通事故の発生

(一) 発生日時 平成七年六月二九日午後二時一〇分頃

(二) 発生場所 岡山市東平島九四八番地の三先市道(以下「本件道路」という。)上の交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車 被告(反訴原告、以下単に「被告」という。)運転の普通乗用車(岡山五九は二二〇、以下「被告車」という。)

(四) 被害車 原告(反訴被告、以下単に「原告」という。)運転の原動機付自転車(和気町あ三一六〇、以下「原告車」という。)

(五) 事故態様 被告は、矢井方面から瀬戸町沖方面に向けて被告車を運転して北進中、本件交差点において、西方から東方に向け直進してきた原告車に被告車を衝突させ、原告及び原告車を右衝突地点から北へ一〇メートルないし二〇メートル跳ね飛ばし、原告が重傷を負った(以下「本件事故」という。)。

2 責任原因

被告は、被告車の所有者であり、自己のために被告車を運行の用に供するものであるから、自賠法三条に基づき、原告が本件事故により被った損害を賠償すべき責任がある。

3 原告の受傷内容及び治療経過並びに後遺障害

(一) 受傷内容

原告は、本件事故により、顔面打撲挫創、頸部切創、左腕神経叢断裂、左外頸静脈断裂、胸背部腰部打撲擦過傷の傷害を受けた。

(二) 治療経過

原告は、右傷害治療のため、次のとおり治療を受けた。

(1) 入院 医療法人知誠会岩藤胃腸科・外科・歯科クリニック

平成七年六月二九日から同年七月一二日まで一四日間

(2) 通院 医療法人知誠会岩藤胃腸科・外科・歯科クリニック

平成七年七月一三日から平成八年一〇月三一日まで一年三か月間(実通院日数七日)

(3) 通院 マスカット整形外科医院

平成八年一一月一日から同月二九日まで(実通院日数二日)

(4) 通院 川崎医科大学附属病院

平成八年八月から現在まで、神経を伸ばす治療のため通院中

(三) 後遺障害

原告は、右のように治療を受けたにもかかわらず、次の後遺障害を残して症状が固定した。

(1) 症状固定日

平成八年一一月二九日

(2) 後遺障害の部位

原告には症状固定日後も次の後遺障害が残っている。

<1> 左上肢帯・左上肢の筋力低下、左肩から前腕の橈側の知覚鈍麻

<2> 左手の握力低下(右手が五四キログラムに対し、左手は二七キログラム)

<3> 左肩の関節可動域低下

<4> 左肩から胸にかけて二〇~三〇センチメートルのケロイド状瘢痕、鼻の頂部と下顎にそれぞれ数条の醜状瘢痕

(3) 後遺障害の程度

自動車保険料率算定会は、右後遺症障害につき、自賠法施行令二条等級表一一級と認定した。

4 損害

原告は、本件事故により、次の損害を被った。

(一) 治療費(マスカット整形外科医院への支払分) 一万三四二〇円

(二) 入院雑費 四万二〇〇〇円

(三) 入通院慰謝料 八〇万円

(四) 後遺障害慰謝料 三五〇万円

原告は、事故当時一五歳で、岡山理科大学付属高校機械科一年に在学中であったが、左上肢の機能障害(左上肢を九〇度以上上げられないため上下運動ができず、シャツのボタン掛けすらできない。)、左上肢の神経麻痺による握力の低下、下顎部を始め左肩から胸にかけてのケロイド状瘢痕を残存することにより、その結果、機械の操作を伴う実習授業についていけなくなり、将来の志望であった機械関係の仕事に就くことも断念を余儀なくされ、平成八年三月、同高校を中途退学せざるを得なくなった。

以上の諸事情を総合考慮すると、原告の後遺障害慰謝料としては三五〇万円が相当である。

(五) 逸失利益 一六八八万七二七五円

原告は、本件事故当時一五歳の健康な男子であったが、前記後遺障害により、将来就く仕事の範囲を限定されることになったばかりか、終生右障害を抱えたまま就労しなければならず、前記後遺障害の内容・程度からして、一八歳から六七歳までの四九年間、少なくとも二〇パーセントの労働能力を喪失したものというべきである。そこで、平成七年度賃金センサス全男子労働者平均年収四八七万九七〇〇円、四九年間に対応するライプニッツ係数一七・三〇三六(一八・二五五九〔五〇年間に適用するライプニッツ係数〕-〇・九五二三〔一年に適用するライプニッツ係数〕)を用いて計算すると、原告の逸失利益は、次の計算式のとおり、一六八八万七二七五円となる。

四八七万九七〇〇円×〇・二×一七・三〇三六=一六八八万七二七五円

(六) 弁護士費用 八〇万円

(七) 損害額合計 二二〇四万二六九五円

以上(一)ないし(六)の損害額の合計は二二〇四万二六九五円となる。

5 損害填補 三四二万六九一〇円

原告は、自賠責保険から後遺障害等の損害金として三四二万六九一〇円の支払を受けたので、これを前記4(七)の損害に充当した結果、残余の損害は一八六一万五七八五円となった。

6 結論

よって、原告は、被告に対し、前記5の残余の損害一八六一万五七八五円の内一〇〇〇万円及びこれに対する本件事故の日である平成七年六月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1ないし3は認める。

2 同4のうち、原告が、本件事故当時、高校生であったことは認めるが、その余は知らない。

3 同5のうち、原告が自賠責保険から後遺障害等の損害金として三四二万六九一〇円の支払を受けたことは認める。

三  被告の主張

1 原告の後遺障害の程度について

原告の後遺障害等級は、自賠法施行令二条等級表一二級六号と同級一三号の併合級一一級である。

一二級一三号は男子の外貌の醜状痕であり、労働能力の喪失とは関係しない。したがって、労働能力の喪失について級を繰上げて一一級で逸失利益を計算する必要はない。

それどころか、一二級六号の後遺障害の程度も、原告の症状の実態と比較すれば、労働能力の喪失割合を同等級表記載の一四パーセントのまま適用するのは妥当ではない。原告は、左手の筋力を要する左官業のアルバイトを支障なく行っており、とても労働能力が制限されているものとは思えない。

また、原告は、将来県立の高等技術専門学校への入学を目指しており、ゆくゆくは電機系の技術を生かせる仕事に従事することを志望している。

したがって、以上のような状況下では、仮に原告の労働能力が一部制約されているとしも、その期間は数年間にとどまるものと考えるべきである。

2 過失相殺について

本件交差点は、信号機による交通整理の行われていない交差点で、被告車の進行していた右側道路の見通しが悪く、原告の進行道路側に一時停止標識があるから、原告としては、本件交差点の手前で一時停止し、左右の安全を確認すべき注意義務があった。ところが、原告は、右注意義務を怠り、一時停止もせず、漫然と本件交差点に進入したものであるから、その点で原告には重大な過失がある。また、原告は、当時無免許(免許が取れない年齢)で原動機付自転車(原告車)を運転していたものであり、本件事故の背景には、原告のような基本的な交通ルールを遵守しない生活態度が寄与している。したがって、以上の点を考慮すると、原告の過失割合は八五パーセントを下回らない。したがって、損害賠償額の算定にあたっては右過失を斟酌すべきである。

四  右主張に対する原告の答弁

1 原告の後遺障害の程度について

原告の後遺障害は、左上腕神経叢損傷による左肘関節の筋力低下、左肩から前腕にかけての痺れ、左上肢の外旋運動の障害等に加え、下顎部を始め左肩から胸にかけての醜状痕の残存である。

自賠責料率算定会は、原告の右後遺障害につき、顔面醜状部分を自賠法施行令二条等級表一二級一三号、左肩関節機能障害部分を同一二級六号、左上肢神経症状部分を同一四級一〇号に該当と認め、全体として後遺障害等級が同一一級に該当すると判断したものである。

原告の労働能力に直接影響を及ぼすのは、左肩関節機能障害と左上肢神経症状であるが、原告は、<1>左手の上げ下げなどの動作が不自由となったため、茶碗を持ったり、服を着替えたりするなどの日常生活にも不便を強いられていること、<2>学校卒業後は機械関係の仕事に就くことを希望していたが、左上肢の障害でこれを断念せざるを得ず、将来は左上肢に負担のかからない仕事を選択するほかないこと、<3>運動の面でも高校在学時代には部活動に参加し、得意としていた柔道ができなくなったばかりか、水泳その他左上肢を使う運動が全くできなくなったことなどの障害をかかえたまま将来生活していくことを余儀なくされ、将来仕事に就く際には職種選択の点で大きな制約を受けるばかりか、仕事を遂行していく上でも健常者と比べて相当なハンディを背負って生きていくことを避けられない。

これらの諸事情を総合考慮すると、原告の将来の労働能力の喪失の程度は、低めに見ても二〇パーセントを上回りこそすれ、これを下回ることはない。

2 過失相殺について

原告も本件事故の責任の一端が自身にあることは認める。

しかし、被告が法定速度の毎時四〇キロメートルを厳守していれば、本件事故は回避し得たはずであり、その点で被告の責任も明白である。被告は、本件交差点付近を時速約六〇キロメートルの速度で走行していた旨述べるが、衝突後原告車の跳ばされた位置、被告車のスリップ痕の位置と長さ、衝突地点から被告車の停止地点までの距離(三八・九メートル)、被告車の損傷の程度から推測すると、被告車の速度は、原告が述べる毎時八〇ないし九〇キロメートルであった可能性が十分にある。

過失相殺率の認定基準については種々の文献が公刊されているが、本件交差点のように、単車側に一時停止の規制があり、四輪車側に規制がなく、単車が減速し、四輪車が減速しなかったケースにおける過失の基本割合は、単車が五五、四輪車が四五とされているが、本件の場合、四輪車の速度が法定速度を約三〇ないし四〇キロメートル上回っており、被告側に修正加算要素としての著しい過失があることを加えて判断しなければならない。

この点を考慮すると、本件事故における双方の過失割合は、原告四五パーセント、被告五五パーセントとするのが相当である。

(反訴)

一  請求原因

1 交通事故の発生

(一) 発生日時 平成七年六月二九日午後二時一〇分頃

(二) 発生場所 本件道路上の本件交差点

(三) 加害車 被告運転の被告車

(四) 被害車 原告運転の原告車

(五) 事故態様 被告が信号機による交通整理の行われていない本件交差点を南から北に向け直進していたところ、原告が一時停止の標識があるのに一時停止を怠り、かつ右方の安全確認を怠って進行してきたため両車両が衝突した。

2 責任原因

原告は、無免許のうえ、見通しが悪く一時停止の標識がある本件交差点で、一時停止及び左右の安全確認を怠った過失により本件事故が発生したのであるから、被告は、民法七〇九条により被告が本件事故により被った損害を賠償すべき責任がある。

3 損害

被告は、本件事故により、次の損害を被った。

(一) 車両損害

(1) 被告は、本件事故により、被告車について修理代一〇八万九五七五円を要する損害を被ったが、被告車の時価は一〇三万円相当と評価されているので、本件では右一〇三万円をもって被告の車両損害というべきである。

(2) 本件事故における双方の過失割合は、被告二五パーセント、原告七五パーセントとするのが相当であるから、原告は右車両損害のうち七七万二五〇〇円について賠償義務がある。

(二) 弁護士費用 七万円

4 結論

よって、被告は、原告に対し、前記3(一)(2)・(二)の損害合計八四万二五〇〇円及びこれに対する本件事故の日である平成七年六月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1は、(五)の事故態様に、原告が「右方の安全確認を怠って進行してきた」とある点を除き認める。

2 同2のうち、原告が、無免許のうえ、見通しが悪く一時停止の標識がある本件交差点で、一時停止を怠った過失により本件事故が発生したこと、原告が、民法七〇九条により被告が本件事故により被った損害を賠償すべき責任があることは認める。

3(一) 同3(一)(1)は知らない。

(二) 同3(一)(2)は否認する。

本件事故における双方の過失割合は、前述したように、原告四五パーセント、被告五五パーセントとするのが相当である。

(三) 同3(二)は知らない。

第三証拠関係

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一本訴請求について

一  請求原因1ないし3は当事者間に争いがない。

二  そこで、請求原因4(損害)について判断する。

1  まず、原告の後遺障害の部位・程度について検討するに、前示認定の原告の後遺障害の内容に照らせば、<1>左上肢帯・左上肢の筋力低下、左肩から前腕の橈側の知覚鈍麻と<2>左手の握力低下(右手が五四キログラムに対し、左手は二七キログラム)の障害の点は、左上肢に神経症状を残すものとして、自賠法施行令二条等級表一四級一〇号の「局部に神経症状を残すもの」に該当するものと認めるのが相当であり、また、<3>左肩の関節可動域低下の障害は、屈曲が他動・自動とも右一八〇度・左一三〇度、伸展が他動・自動とも右五〇度・左二〇度、外転が他動・自動とも右一八〇度・左一三〇度、外旋が他動・自動とも右八〇度・左マイナス三五度であり(甲第五号証、第一〇号証)、屈曲及び外転については他動・自動とも患側可動域が健側可動域の約七二パーセントで、労働能力に対する影響も僅かなものと判断しえるが、外旋及び伸展については他動・自動とも患側可動域が健側可動域の四分の三を大きく下回り、左上肢が内旋位をとり、外旋運動が障害されているものと認められ、この点は労働能力にも多分に影響を与えるものと推認されるから、同表一二級六号の「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」に該当するものと認めるのが相当であり、さらに、<4>左肩から胸にかけて二〇~三〇センチメートルのケロイド状瘢痕、鼻の頂部と下顎にそれぞれ数条の醜状瘢痕の障害の点は、顔面部に五センチメートル以上の線状痕を残すものとして、同表一二級一三号の「男子の外貌に著しい醜状を残すもの」に該当するものと認めるのが相当である。したがって、これらを併合すれば、原告の後遺障害は、少なくとも同表の一一級に該当するものと認めるのが相当である。

被告は、一二級一三号は男子の外貌の醜状痕であり、労働能力の喪失とは関係しない、したがって、労働能力の喪失について級を繰上げて一一級で逸失利益を計算する必要はない、それどころか、一二級六号の左上肢の関節機能の障害の程度も、原告の症状の実態と比較すれば、労働能力の喪失割合を自賠法施行令二条等級表記載の一四パーセントのまま適用するのは妥当ではない、原告は、左手の筋力を要する左官業のアルバイトを支障なく行っており、とても労働能力が制限されているものとは思えない、原告は、将来県立の高等技術専門学校への入学を目指しており、ゆくゆくは電機系の技術を生かせる仕事に従事することを希望しているから、仮に原告の労働能力が一部制約されているとしても、その期間は数年間にとどまるものと考えるべきである旨主張する。

しかしながら、原告の顔面醜状痕は身体的機能の障害をもたらすものではないとしても、将来原告が就職する際マイナス要因として作用し、選択可能な職業の制限、就職の機会の困難さを招来する蓋然性を否定し得ないし、さらに翻って考えれば、外貌醜状は、従来主として女性について議論され、問題とされることも多かったものであるが、さりとて男の顔はどうでもよいといえるはずのものでないことはもはや自明であり、単に短絡的な労働能力への影響のみにとらわれるのは相当ではなく、原告が未だ青年期にあることをも考慮すれば、日常生活における快適性の点でも将来多分に不便を感じる蓋然性も否定し得ない。また、左上肢の関節機能の障害の点についても、被告指摘の左官業のアルバイトの具体的な仕事内容は必ずしも判然とせず、原告は、当裁判所における本人尋問の時点においても、食事の際の茶碗の持ち上げ等日常生活上も相当の不都合を感じる状態にあり、将来更に機能回復訓練に努めるとしても、左上肢の機能の回復又は馴化による労働能力の回復が現時点以上に劇的に進むものとは俄に予測し難いから、前示の被告主張の点は一一級の認定を左右するものではないし、なるほど、一般的には、被害者が若い場合には可塑性があり、訓練あるいは日常生活によって回復する可能性があると説明されるが、むしろ、ハンディキャップによる経済的不利益は時間の経過とともにますます大きくなるのではないかとの意見もあり、たやすく原告の将来を予測することはできないから、労働能力喪失率や労働能力喪失期間の点でも特に通常の場合と異なる認定判断をすべき事情とは認められないというべきである。

したがって、被告の主張は採用できない。

2  進んで、原告の損害額について検討する。

(一) 治療費(マスカット整形外科医院への支払分)

原告が、本件事故による傷害の治療のためマスカット整形外科医院に通院したことは前示のとおりであるが、原告が同医院において要した治療費の数額を確定するに足りる証拠はない。

(二) 入院雑費

原告が、本件事故による傷害の治療のため医療法人知誠会岩藤胃腸科・外科・歯科クリニックに一四日間入院したことは前示のとおりであり、原告の症状に照らせば、右入院中の雑費としては一日一三〇〇円、合計一万八二〇〇円の限度で本件事故と因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(三) 入通院慰謝料

本件事故による原告の受傷内容、入通院期間、治療経過等本件に顕れた一切の事情を斟酌すると、症状固定前の原告の入通院慰謝料としては七〇万円が相当である。

(四) 後遺障害慰謝料

本件事故による原告の後遺障害の内容・程度等本件に顕れた一切の事情を斟酌すると、原告の後遺障害慰謝料としては三五〇万円が相当である。

(五) 逸失利益

前認定のとおり、原告は、本件事故により、左肩の関節可動域等に後遺障害(自賠法施行令二条等級表一一級)を残し、平成八年一一月二九日右症状は固定したものであるが、甲第五号証ないし第一〇号証に原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、昭和五四年一二月一九日生まれの男子であり、事故当時一五歳で、岡山理科大学付属高校機械科一年に在学中であったが、本件事故により長期欠席したほか、左上肢の機能障害の程度(左上肢を九〇度以上上げられないため、上下運動ができず、シャツのボタン掛けすらできない。)、左上肢の神経麻痺による握力の低下により、機械の操作を伴う実習授業についていけなくなり、平成八年三月、同高校を中途退学せざるを得なくなったことが認められ(原告が、本件事故当時、高校生であったことは当事者間に争いがない。)、右事実のほか、前記1で認定した原告の後遺障害の部位・程度等諸般の事情を考慮すると、右後遺障害による労働能力喪失率は二〇パーセント、労働能力喪失期間は高校卒業後の平成一〇年四月から六七歳まで四九年間と認めるのが相当である。そして、原告が本件事故により右障害を負わなければ、労働可能な四九年間を通じて平成七年度賃金センサス、第一巻第一表、産業計、企業規模計、旧中、新高卒計、全年齢計、男子労働者の平均年収四八七万九七〇〇円を下らない所得を得られたものと推認されるから、右年収を基礎にライプニッツ方式に従い、年五分の割合による中間利息を控除して本件事故当時における現価を計算すべきところ、原告は右症状固定時一六歳で未就労者であったから、

六七年-一六年=五一年に対応するライプニッツ係数 一八・三三八九

一八年-一六年=二年に対応するライプニッツ係数 一・八五九四

一八・三三八九-一八五九四=一六・四七九五(一六歳に適用するライプニッツ係数)であるから、

結局、原告の後遺障害による逸失利益は、次の計算式のとおり一六〇八万三〇〇三円(円未満四捨五入)となる。

四八七万九七〇〇円×〇・二×一六・四七九五=一六〇八万三〇〇三円

(六) 過失相殺

乙第一号証ないし第三号証に原被告各本人尋問の結果(各一部)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 本件事故現場である本件交差点は、別紙交通事故現場見取図(以下「現場見取図」という。)記載のとおり、南の岡山市矢井方面(国道二号線方面)から北の瀬戸町沖方面に向かう岡山市道に、西の岡山市西平島方面から東の瀬戸町江尻方面に向かう道路が斜めに交差する信号機による交通整理の行われていない交差点であり、右岡山市道は、車道幅員が約四・八メートルの平坦なアスファルト舗装道路であり、歩車道の区別はなく、約〇・九メートルの路側帯を残して左右に外側線が白ペイントされ、最高速度四〇キロメートル毎時の交通規制がなされている。一方、右交差道路は幅員約四・三メートルの平坦なアスファルト舗装道路であり、歩車道の区別はなく、一時停止の交通規制がなされ、本件交差点の手前に停止線が白ペイントで路面に表示され、更にその手前には「止マレ」の文字が白ペイントで大書され、原告の進行方向から見て左側には赤地に白文字で「止まれ」と書いた三角型の標識が目立つように掲げられている。本件交差点内の見通しは、岡山市道を南から北に向けて走行する車両運転者にとっては本件交差点手前に存在する葡萄畑に繁茂している大人の背丈ほどの樹木や草地に妨げられて見通しが不良であり、本件交差点の直近に至るまで西側の交差道路から本件交差点に進入してくる車両の動静を把握することは非常に困難である。また、同様の事情で、前記交差道路を西から東に向けて走行する車両運転者にとっても、右方(南側)道路の見通しは極めて不良である。

(2) 事故当日行われた実況見分の際の被告の指示説明(乙第一号証)によれば、被告が最初に原告を発見し危険を感じて全制動をかけた時点での被告車の位置は現場見取図<2>、原告車と衝突(衝突地点は同<×>)した時点での被告車の位置は同<3>であり、衝突後、被告車が停止した位置は同<4>であって、衝突後原告は同<ウ>まで跳ね飛ばされて転倒し、原告車は同<エ>まで滑走し転倒している。本件事故現場には、原告車が被告車と衝突後滑走転倒するまでの間に生じさせたとみられる路面擦過痕が長さ約一五・七メートルにわたって前記<エ>点まで現場見取図記載のとおり印象されており、被告が原告車を発見し全制動をかけて(現場にはスリップ痕は印象されていないが、それ以上に被告本人のこの点に関する供述を否定する証拠もない。)停止するまでの距離(現場見取図<2>から同<3>までの距離一二・六メートルと同<3>から同<4>までの距離一八・三メートルを合算した距離)は三〇・九メートルである。

(3) 車両の破損状況は、被告車は、前部ボンネット及びバンパーが激しく凹損し、フロントガラスも右側運転席の部分を中心にして激しく破損し、全体として中破の状態であり、原告車は、車体中央部燃料タンクが曲がり、エンジン部が割れ、全体として大破の状態であった。

(4) 前記認定の被告車の停止までの制動距離及び原告車の路面滑走痕の長さから計算すると、被告車と原告車の衝突直前の速度は、別紙計算書記載のとおり、被告車が時速約七四・一キロメートル、原告車が時速約三七・四キロメートルとなることは当裁判所に顕著であり、これは前記認定の被告の指示説明に基づく事故状況及び車両の破損状況とも符合するものである。そして、被告車が本件交差点の手前で減速、徐行をしなかったことは被告本人も当裁判所における本人尋問において自認するとおりであり、原告車が本件交差点の手前で一時停止をしなかったことは原告も自認するところであり、証拠上も原告は本件交差点の手前で減速、徐行をしたものとも認められない。(原告本人は、「本件交差点手前までは時速四〇キロメートルくらいで近づいて、減速して、交差点の中には時速五ないし一〇キロメートルの徐行速度で進入しました。」と供述するが、その一方で、最高で時速五〇ないし四〇キロメートルで付近を走っていたとも供述しており、右供述内容と原告車の滑走距離と対比しても、右減速、徐行をした旨の原告本人の供述は信用できない。また、被告は、事故当日の実況見分の際、警察官に対し、現場見取図<1>の地点で軽く減速した旨説明している〔乙第一号証〕が、当裁判所における本人尋問においては、右のとおり、「私は本件交差点の手前で減速、徐行していませんので、速度は時速六〇キロメートルのままでした。」と供述しており、右指示説明は信用できない。)。

(5) 原告は、本件事故当時一五歳で、免許を取得していなかったが、本件事故当時までに兄に五、六回バイクの運転を教えてもらい、何回か公道で走行した経験もある。本件事故当日は、瀬戸町に住む友人の家に遊びに行き、その友人のバイク(原告車)を借りて付近を走行しているうち、本件事故に遭遇したものである。

以上の事実が認められるところ、本件交差点の構造や本件事故道路の地形等その客観的状況からして、前記交差道路を直進する車両(原告車)は、葡萄畑や草地によって遮られ、前記岡山市道を南から北に向けて直進する車両(被告車)には発見されにくいうえ、原告車は、直進する被告車の進行を妨げないようにしなければならないから、停止線で停止し、あるいは減速、徐行するなどして、直進車両の有無など右方道路の安全に十分注意する必要があるのに、これを怠り、時速約三七・四キロメートルの速度で漫然と本件交差点に進入し、被告車の直前に進出してきたものであるから、原告の過失も大きいものといわざるを得ず、この過失に加え、原告が無免許であって、自動車の運転技術にも必ずしも習熟してはおらず、しかも、原告は、現場の地理・地形等にも通暁していなかったと推認される状況下で原告車を運転していたものであり、このように原告が的確な運転判断や運転操作をする能力に欠けた状態にあったことが相俟って本件事故発生の重要な一要因となったことは否めないところと推認されるから、原告にはこれらの点で重大な過失があるものといわなければならない。一方、本件事故現場周辺は農村地域であり、本件道路が果樹園地帯を通っており、車の交通量は普通であったとはいえ、道路の一部には民家等の出入口も散在している部落地帯であって(乙第一号証、第二号証)、このような場所では果樹園の木蔭等からの他車の飛び出しもありがちなことであるから、運転者としては、安全運転のたてまえから、ある程度の減速、徐行をして進行すべきであり、また絶えず進路前方左右の安全を確認しつつ進行すべき注意義務がある。しかるに、被告は、自己の進路を遮る形で本件交差点に進入してくる車両はないであろうと軽信し、最高速度を三〇キロメートル以上超過する速度で漫然と進行していたため、約一四・七メートル前方の自己の進路上に原告車が進出してくるのを認めて初めて危険を感じ急制動措置をとったが、本件事故の発生を回避し得なかったものであり(乙第一号証)、被告には運転上の過失がある。しかして、以上の認定説示のほか本件事故の諸般の事情を総合考慮すると、本件事故における双方の過失割合は、原告六〇パーセントに対し、被告四〇パーセントとするのが相当であり、右過失割合に従い過失相殺すると、被告は、原告の被った前記(一)ないし(五)の損害合計二〇三〇万一二〇三円の四〇パーセントにあたる八一二万〇四八一円(円未満四捨五入)を賠償すべきものとするのが相当である。

(七) 損害填補

原告が自賠責保険から後遺障害等の損害金として三四二万六九一〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないので、原告の未填補損害金は四六九万三五七一円となる。

(八) 弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は、本件訴訟の追行を原告訴訟代理人に委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約しているものと認められるが、本件事案の性質、審理経過、認容額に照らし、原告が本件事故による損害賠償として被告に賠償を求めうる弁護士費用の額は四五万円と認めるのが相当であり、これを併せると原告の総損害額は五一四万三五七一円となる。

第二反訴請求について

一  請求原因1は、(五)の事故態様に、原告が「右方の安全確認を怠って進行してきた」とある点を除き当事者間に争いがない。

本訴請求について判断したところによれば、原告に右方の安全確認義務の違反があることは明らかである。

二  請求原因2のうち、原告が、無免許のうえ、見通しが悪く一時停止の標識がある本件交差点で、一時停止を怠った過失により本件事故が発生したこと、原告が、民法七〇九条により被告が本件事故により被った損害を賠償すべき責任があることは当事者間に争いがない。

三  そこで、請求原因3(損害)について判断する。

1  車両損害

乙第四号証、第五号証の1・2、第六号証によれば、被告車は、平成元年式のニッサン・シルビアであり、その修理見積価格は一〇八万九五七五円、いわゆるレッドブックによると、事故当時、同一の車種・年式・型・仕様の自動車を中古車市場において取得するのに要する価格(時価)は一〇三万円であることが認められ、右事実に照らすと、経済的に見て被告車の評価額(下取価格)は零であると推認することができる。

右認定事実によれば、社会通念上、本件事故時の時価相当額一〇三万円をもって被告の損害(物損)と認めるのが相当である。

しかして、本訴請求について判断したところによれば、本件事故に関する原告の過失割合は六〇パーセントと認めるべきものであるから、原告は、被告の被った右損害(物損)一〇三万円の六〇パーセントにあたる六一万八〇〇〇円を賠償すべきものとするのが相当である。

2  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、被告は、本件訴訟の追行を被告訴訟代理人らに委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約しているものと認められるが、本件事案の性質、審理経過、認容額に照らし、被告が本件事故による損害賠償として原告に賠償を求めうる弁護士費用の額は六万円と認めるのが相当であり、これを併せると被告の総損害額は六七万八〇〇〇円となる。

第三結語

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、五一四万三五七一円及びこれに対する本件事故の日である平成七年六月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、被告の反訴請求は、原告に対し、六七万八〇〇〇円及びこれに対する本件事故の日である平成七年六月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由があるからこれを認容し、原告及び被告のその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法六一条、六四条を、仮執行の宣言について同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小澤一郎)

交通事故現場見取図計算書

1 凡例

この計算書では以下の記号と単位を用いる。

s:距離、単位はメートル(m)

t:時間、単位は秒(s)

v:速度、V0:初速度、V1:終速度、単位は秒速(m/s)

α:加速度、単位はm/S2

μ:タイヤと路面の摩擦係数

g:重力の加速度を表す定数。9.8m/S2

2 被告車の衝突直前の速度の計算

タイヤと路面の摩擦係数をμ=0.7とすると、減速度はμg=0.7×9.8となり、本件で被告車の衝突直前の速度をxkm/h(〔x/3.6〕m/s)とすると、被告車が全制動をかけてから停止するまでの制動距離s(m)は30.9(m)であったから、  ∴   したがって、被告車の衝突直前の速度は時速約74.1キロメートルとなる。

3 原告車の衝突直前の速度の計算

バイクが滑走する際の車体と路面の摩擦係数μは0.35程度である。本件におけるバイク(原告車)の滑走距離s=15.7(m)であるから、μ=0.35とすると、  したがって、原告車の衝突直前の速度は時速約37.4キロメートルとなる。

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